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日記

【超絶ネタバレ有り】シン・エヴァンゲリオンがしんどすぎた話

破、くらいから思ってたけど、この新劇場版は新海誠監督でいうところの
「秒速5センチメートル」に対する「君の名は。」の関係性だなって。
やりたいことやってみたけど、大衆向けにやり直しましたって感じ。

ただ、根本的に庵野監督がやりたかったことはこれまでの作品を通じて一貫していて、きっと変わっていないなと思った。そういう意味では諦めというか、はいはい、作りましたよって。そういう面を感じる映画でもあった。Q→今回のシンで特に。

結論からいうと、個人的にはただただしんどい、つらい、しんどいって思いながら映画館を後にしました。

私は決して熱烈なエヴァファンではないと思っているし、ただ、結末は見届けたいなくらいの気持ちはあって。
でも10代のときにTV版観て(もちろんリアルタイムではないよ)新劇場版観て・・・鑑賞中はその世界に入り込んでしまうし、前作からの時間が一気に繋がるんだよね。

映画の内容が悪かったわけじゃない。良かったよ。

ただしんどいのは本当なの。

これは子供の頃お祭りのときに味わった虚無感に似てる。終わりが近づいて若干周りの喧騒がトーンダウンしたあの瞬間。泣き出しそうになる。終わってほしくなくて。
それは小説を読んでいて左手に感じるページが減っていくときに読み進められなくなったり、夢の中で素敵な出会いをして、起きるときに涙を流していたり。

いつまでもこのままこの世界にいたいって思ってしまうから。

別に使徒が攻めて来なくたっていい。
あのキャラクター達がなんてことない日常を送っている様子をひたすら流してくれたら、
それだけで映画観に行くよ。
でもそんなわけないよね。それを今回はっきりと否定された。だってキャラクターが動くためにはエヴァが必要で、それには使徒であり人類補完計画でありゲンドウの目的が必要だから。
それをはっきりと、考察の余地すらないほどにはっきりと示された。

今回の映画を心から良かったと褒めちぎっているエヴァファンはたくさんいるし、気持ちはわかる。わからないけど。
その人達の共通点があって、それはちゃんと大人になれている人。エヴァを卒業する準備ができている人。

それが私にはできなかった。どんな話なのかな~楽しみだな~くらいのノリ。首都高に三輪車で侵入するようなものだ。危険だよって教えてほしかった。
そもそもQの時点で心ざわついてたんだよ。14年経過してるってところの置きざり感。
それはまだいい。14年だろうが50年だろうが物理的な時間経過に私の心はなびかない。
それが今回、前半パートでトウジとケンスケが大人になっている様子を突きつけられた。
見た目が大人になっていることではなく、家庭を持ち、役割を持ち、関係性の中で生きているという事実。あー自分と同じだなぁって人からしたら微笑ましいシーンだよね。でも私は違った。その瞬間デパス30錠噛み砕かないと席に座っていられなくなるんじゃないかってほど心拍数が上昇した。私の席だけ4DX暴走したんか?ってくらい揺れた。

現実世界で14年間私は何をやってきたんだ?私がいなくなって世界がなにか変わるだろうか?世界と関係性を築いてこなかった空っぽの人間は、こうやって呑気に仕事を早く切り上げてアニメを観に来ることくらいしか楽しみがないのである。
そんな人間に対して、劇中では何度も諭される。例えば綾波は「自分で決めていいの?」と。空っぽなところから自立し始める。営みのなかで関係性を築いていく。
その後、エヴァの歴代タイトルを表示、線画化、これはアニメなんだぞ、と何度も。わかってるよ。そんなこと突き付けないでよってしんどかった。
極めつけにはラストでアニメから実写に。そして終劇の文字。
エンドロールの宇多田ヒカルがちょっと慰めてくれた。と同時に感情が迷子になった。

エヴァの呪縛か~子供のまま歳取れなくなるなんて災難だなあって他人事に思っていたらその呪縛にかかっていたのは私だったのである。

エヴァの世界に浸ろうと思ったら追い出されたでござる。

気持ちよく卒業できた人と、準備ができないまま追い出された人。

あなたはどっち?
綾波レイ

※5/4追記
まさに私が感じていた部分について庵野監督が昔に発言してた。
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ヴィヴィアン西木
ヴィヴィアン西木
無気力な社会不適合者。生きづらい人の味方。 資産運用や生活のお役立ち情報なんかをたまにブログで発信します。